不動産賃貸業は税金との闘いです。
取得時に不動産取得税、登録免許税。
保有時には固定資産税、所得税、住民税、事業税。
承継する際は相続税。
売却時にも所得税、住民税がかかります。
そのため、税金をどのようにコントロールするかは非常に重要なことです。
コントロールする方法の1つとして、法人設立があげられます。不動産賃貸業をある程度の規模で行っている方は必ずといってよいほど検討することではないでしょうか。
以下では不動産の法人化をお客さんと検討したときの話をご紹介したいと思います。
相談者:Mさん
所有物件:所有物件は相続で取得したもの1つ。その他はすべてご自身で購入してきた物件。(アパート3つ。戸建4棟。(古戸建))
悩み:個人ですべて所有しているが、減価償却の額が少なくなってきており、税負担が厳しい。今後のことも考えて法人設立の効果を検討したい。
今日は物件管理のために法人を設立すべきかどうかの相談をしたいです。
承知しました。
まず前提として、法人を活用した節税スキームは昔から使われてきていますが効果は人によって異なるということをご理解ください。
よく、売上や所得金額がいくら以上になれば法人にすべきなのか?というこを聞かれますが、その方が置かれている状況により有利不利は大きく異なってきます。
私の規模だと検討に値するかどうか。まさにそのことを聞こうと思っていました(笑)
誰でも自分の場合はどうなのかは気になるところですからね。
ネットの情報等でスキーム自体は知れ渡っていますが、メリットだけを強調しているものもあるため、適切に判断を行うためにも基礎的な知識を十分理解したうえで実行すべきですね。
私の場合にはお客様自身の状況、物件の状況、家族構成などを確認したうえで、費用対効果を考えたうえで不動産の法人化を検討することが多いです。
なるほど。
確かに法人を設立した後にこんなことになるとは・・・・とは思いたくないので、基本的なことから教えて頂けると助かります。
まず、不動産を活用した節税というスキームの場合、肝は所得の分散です。
この分散をする方法としては3つあります。
3つのパターンの特徴としては以下の通りです。
パターン | 会社の役割 | メリット・デメリット |
管理会社方式 | 個人所有の物件の管理を行う | メリット:実際に物件を動かすわけではない実行が容易 デメリット:法人は管理料としての収入のみのため所得分散効果が薄い。 |
サブリース方式 | 個人所有の物件を一括借り上げして転貸する。 | メリット:実際に物件を動かすわけではないため所有型より実行は容易。また、空室リスク分として管理会社方式よりも所得分散効果が期待できる。 デメリット:空室リスクを抱えることになるため分散効果が得られない可能性もある。 |
所有型方式 | 個人所有の物件を法人が買取り、法人が賃貸業を行う | メリット:最も所得分散効果が高い。 デメリット:実際に物件の所有権を移動させるためコストがかかる。 |
一昔前は地主さんが管理会社方式の法人を設立するケースが多かったように思えますが、最近では大半の方が所有型方式か所有型+管理会社のミックスを選択していますね。
Mさんの場合も効果を考えた場合、検討するなら所有型方式だと思います。そのため、これからは所有型方式を前提としてお話したいと思います。
なるほど。
ところでこの所有型方式を導入した場合にはどのようなメリットとデメリットがありますか?
以下は私が考えうる範囲でのメリットとデメリットです。
メリット | デメリット |
①所得分散効果による税負担の軽減(人により効果はまちまち) ②相続税対策として長期的には有効な場合が多い。 ③相続対策(承継や認知症対策) ④短期譲渡を行う場合の税負担の軽減 | ①費用面 ・法人設立費用(株式会社の場合20~30万) ・物件移転費用(不動産取得税・登録免許税・司法書士費用) ・譲渡する際の所得税や住民税 ・法人運営費用(税理士報酬 規模により異なる。) ②事務負担の増加 ・個人の場合・・・個人の確定申告 ・法人設立後・・・法人の申告(税務署・県税・市役所)、年末調整、法定調書、償却資産税申告、源泉所得税計算、社会保険関係の事務手続き、会計帳簿作成は必須、個人の確定申告など |
Mさんの場合、まだ相続対策などは関係ないとは思いますが、所有者の年齢などによっては認知症対策や物件から得られる収入を法人に移すことにより相続税対策としての効果も見込めます。
ただし、デメリットもあるため総合的に検討をする必要があります。
そうですね。
私の場合、親の相続が終わったばかりなので、いずれは子供たちに引き継いでいきたいとは考えてはいるものの相続対策という意味は薄いです。
デメリットの事務負担は意外に侮れなそうです(汗)
ところで私の場合にはどの物件が法人へ移すのにふさわしいでしょうか?
Mさんの場合、所有している物件の中に相続で取得したものや返済済で抵当権もついていない物件があるため、そのような物件を選ぶのも一つの選択肢としてありです。
確かに担保提供されている場合には銀行との折衝も必要になるためハードルが高いですね。
ところで土地についても法人へ移す必要はあるのでしょうか?
相続で取得した物件は土地の購入価格が分かりませんし、返済済の物件については昔に購入した土地のため、結構値上がりしており譲渡した際の税金が心配です。
個人から法人へ譲渡する金額は「時価」である必要があります。
値上げりしている土地を譲渡すると譲渡益に対して所得税等がかかってしまいます。
そのような場合には建物だけを個人から法人へ譲渡します。
一般的には無償返還の届出を提出し、地代を法人から個人へ支払います。
土地を譲渡すると税金負担が大きくなる可能性があるので建物だけを譲渡することは理解できますが、なぜ、そんな届出をしないといけないのでしょうか?
無償返還の届出を提出する理由は、借地権課税が起こらないようにするためです。
借地権の認定課税を回避する方法としては無償返還の届出以外にも権利金相当額の支払いを行ったりや相当の地代を支払うという方法もありますが、選択される方は少ないです。
このあたりの話は税理士でも資産税にあまり関わっていないとわかっていない場合もあるぐらい難しい話なので後々お話しますね。
わかりました。
ところで建物を法人へ譲渡する際の金額はどうしたら良いでしょうか?
時価と言われても全く見当がつきません。
確かに「時価」の判断は非常に難しいですよね。
そのため、実務上は以下のような方法で行うことが多いです。
①固定資産税評価額
②帳簿価格
③不動産鑑定士による鑑定評価
小規模物件の場合には①②のいずれかの場合が多いですが、物件が大きくなってくると費用を支払って③の方法で行うこともあります。
②の帳簿価格以外で譲渡益が出た場合には譲渡所得として申告する必要がありますよね?
そうですね。
ただし、購入した法人では減価償却を通じて費用化していくので税金は個人で払うか、法人で払うのかという違いだけだと個人的には考えています。
なるほど。
何となくですが理解出来ました。
ところで法人に溜まった利益は最終的にはどのように利用するのでしょうか?
鋭い質問ですね(笑)
法人に溜まったお金は当然事業のためにしか利用は出来ませんので出口戦略は必要だと思います。
法人設立の目的によりますが、相続税対策であれば株式として次世代に承継することが可能ですし、そのほうが相続税評価として有利に働くことが多いと思います。
老後資金として法人に貯まったお金を使っていきたいのであれば年金を受け取りながら年金がカットされないぐらいの給料を自分に支払っていったり、退職金としてまとまったお金を個人に支払うことも可能です。
いずれも法人という枠を上手に利用して、税金と上手に付き合いながら行うことが出来ます。
なるほど。
それを聞いて安心しました。
具体的に法人設立を考えたいのですが、今後の流れを教えてください。
以下は実際に実行する際に行うことの概要です。
① 法人へ移転することが可能な物件を選定(土地も行うかどうかも検討)
② 物件の法人化を行った場合のメリットはどのぐらいかシミレーションする。
③ 物件に抵当権がついている場合には金融機関と折衝。
④ 管理会社がいれば事前に所有者変更の段取りなどについて話し合いをしておく。
※管理契約の巻きなおしも必要になる。
④ 法人設立(資本金等を検討)法人の役割により株主も検討しておく必要あり
⑤ 法人口座を開設(家賃の入金に必要)
⑥ 物件を個人と法人で売買(事前に時価の問題や代金決済問題を解決しておく)
⑦ 建物の譲渡だけの場合には土地の賃貸借(使用貸借)契約+無償返還届出
⑧ 譲渡所得が出る場合には確定申告が必要
(譲渡益と譲渡損が発生する物件であれば内部通算可能)
自分でコントロール出来ないことも含まれているので、そのあたりは事前に関係者と話を詰めておくことが重要です。
あと、どの程度の費用がかかるかもザックリとした概算ですがご紹介しておきます。
費用 | 補足 | |
法人設立費用(株式会社の場合) | 20~30万 | 自分で行った場合には20万程度 司法書士などに依頼した場合には30万といったところです。最近は弥生のかんたん会社設立などもあるため自分で行う人が増えています。 |
金融機関の手数料 | 抵当権抹消費用(司法書士へ依頼した場合)2万~3万 | 繰上返済を行う場合には違約金が発生したり、借り換えを実行するために別途手数料がかかるケースあり |
登録免許税(移転登記) | 固定資産税評価額×2% | 土地については令和8年3月31日までの間に登記を受ける場合は1.5% |
不動産取得税 | 固定資産税評価額※×3% (非住宅の家屋は4%) | 取得したあと6か月程度後に通知がくる。※令和9年3月31日までに宅地等(宅地及び宅地評価された土地)を取得した場合、当該土地の課税標準額は価格の1/2となります。 |
所得税・住民税 | 長期譲渡・・譲渡益*20.315% 短期譲渡・・譲渡益*39.63% | 別途税理士へ依頼する場合には手数料として譲渡1件8万~程度(譲渡価格により異なる) |
所有権移転登記に伴う司法書士手数料 | 1件 4~8万程度 | 複雑さにより異なるようです。 |
法人設立後の税理士費用 | 年間40万~ | 法人の規模や会計帳簿の記帳の有無などにより異なる。 |
わかりました。
考えておく必要があることが思っていたよりも多いですね。
費用も思っていたよりもかかることが分かりました。
一度に全部を決めることは出来ないのでまずは①②ぐらいから検討してみます。
実際に法人を設立する際はまた相談にのってください。
承知しました。
試算については私のほうでも概算で行ってみますね。